病院沿革
病院沿革
昭和6年 | 水戸市に茨城県済生会を設立 |
昭和18年 | 茨城県済生会茨城診療所を開設 |
昭和22年 | 社会福祉事業法により医療保護施設に認可 |
昭和24年 | 財団法人済生会茨城支部茨城県済生会茨城診療所に改称 |
昭和29年 | 病床を設置 11床 |
昭和31年 | 丹野清喜 院長に就任 |
昭和32年 | 社会福祉法人恩賜財団済生会水戸済生病院に改称 |
昭和34年 | 水戸市梅小路に新築移転 104床 |
昭和35年 | 病院を増築 117床 |
昭和38年 | 病院を増築 207床 |
昭和39年 | 社会福祉法人恩賜財団済生会支部茨城県済生会水戸済生会総合病院に改称 |
昭和47年 | 病院を増築 273床 |
昭和49年 | 病院を一部改築 276床 |
昭和59年 | 水戸市双葉台3-3-10に新築移転(現在地) 355床 |
平成元年 | 南館を増築 455床 うち50床を開放型病棟に |
平成3年 | 臨床修練指定病院に指定 |
平成4年 | 周産期センターを設置 |
新井邦夫 院長に就任 | |
平成8年 | 総合健診センターを設置 |
平成10年 | 早野信也 院長に就任 |
平成11年 | 日本医療機能評価認定(一般病院種別B) |
新館を増築 503床 | |
血液透析装置40台を導入し人工透析センターを拡充 | |
平成13年 | 臨床研修指定病院として認定を受ける |
平成15年 | オーダリングシステム・一部電子カルテを運用開始 |
院内完全禁煙実施 | |
周産期センターを増築 4床 | |
平成16年 | 画像伝送処理システム(PACS)を導入 |
病院機能評価認定更新 | |
水戸市消防本部との連携によるドクターカー運用開始 | |
平成17年 | 総合周産期母子医療センターとして指定を受ける |
平成19年 | ヘリポート新設 |
平成20年 | DPCの運用開始 |
茨城県知事より地域医療支援病院として承認される | |
平成21年 | 村田実 院長に就任 |
病院機能評価認定更新 | |
茨城県とドクターヘリ基地病院として協定を結ぶ | |
茨城県指定地域リハステーション・茨城県指定小児リハステーションに指定される | |
がん相談支援センター設立 | |
平成22年 | 救命救急センターに指定 22床 |
ドクターヘリ基地病院として運航開始 | |
許可病床数 500床に変更 | |
平成23年 | 東日本大震災発生 |
茨城県救急医療功労者知事表彰を受賞(村田院長、DMATチーム) | |
茨城県がん診療指定病院として指定を受ける | |
標榜科を9科追加 (血液内科、腎臓内科、緩和ケア内科、糖尿病・代謝内科、内分泌内科、消化器外科、乳腺外科、ペインクリニック内科、病理診断科) | |
稼働病床数 467床に変更 | |
平成25年 | 地域災害拠点病院として指定を受ける |
平成26年 | DMATカー配備 |
病院機能評価認定更新 | |
平成27年 |
人工透析センターを血液浄化センターに名称変更 |
許可病床数 472床 稼働病床数 422床 に変更 |
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平成28年 | ハイブリットカテ室稼働開始 |
入退院支援センター設置 | |
ボランティア団体「野菊の会」が緑綬褒章受章 | |
平成31年 (令和元年) |
生澤義輔 院長に就任 |
病児保育所設置 | |
病院機能評価認定更新 | |
令和2年 | 新型コロナウイルス感染症重点医療機関である特定機能病院等として指定を受ける |
難病医療協力病院として指定を受ける | |
新型コロナウイルス感染症重点医療機関である特定機能病院・協力医療機関として指定を受ける | |
稼働病床数 374床に変更 | |
令和5年 | 許可病床数 432床 稼働病床数 400床 に変更 |
本館2階ICUを改修、稼働開始 | |
紹介受診重点医療機関として選定 | |
標榜科を1科追加 (リウマチ・膠原病内科) | |
令和6年 | 電子カルテシステムを更新 |
イオンモール水戸内原 と「未来に向けた持続可能なまちづくり協定に関する覚書」を締結 |